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【レース】GT-R、全日本選手権を全勝で終える

GT-R、全日本選手権を全勝で終える

1966年にスタートした全日本選手権の中で、今日まで一貫して高い人気を誇っているツーリングカー選手権。そのツーリングカー選手権でスカイラインGT-Rは、初代・2代目とも輝かしい成績を残しています。
3代目GT-R(R32)のデビューレースは、1990年3月の全日本選手権・開幕戦「全日本ツーリングカー300kmレース」(西日本サーキット)。このレースでは星野一義/鈴木利男組(カルソニック)が優勝しましたが、長谷見昌弘(リーボック)、高橋国光(タイサン)、鈴木利男(共石)といったトップドライバーがGT-Rでシリーズ参戦してレースを盛り上げました。当時の全日本ツーリングカー選手権の車両カテゴリーは「グループA」でしたが、R32・GT-Rは"90〜"93年の4シーズン全29戦を無敗で戦い抜き、"93年で最後となったグループAによる選手権レースの歴史に華を添えました("94年からスーパーツーリングカーに移行)。



「スカイライン対スカイラインの戦い」にサーキットが沸いたグループAによる全日本ツーリングカー選手権

【レース】スカイラインGT-R“栄光の50勝”の足跡

スカイラインGT-R“栄光の50勝”の足跡

 年月日大 会 名レース名クラスサーキットNo優勝ドライバー周回数予選順位(タイム)備 考
*1"69.5.3"69JAFグランプリレースTSIV富士 6km39篠原 孝道30/308位 (2"15"58) 
*26.29富士300kmゴールデンIIレースセダンIII富士 6km 51黒沢 元治20/201位 (2"12"84)  
*38.10NETスピードカップレースTSII富士 6km20都平 健二20/201位 (2"14"42)  
48.24ニッサン・サンデーレースTIV富士 6km27千代間 由親20/20  
58.31富士300kmゴールデンIIIレースセダンIII富士 6km64長村 瑞臣20/20   
*69.21第12回全日本ストッカーレース全日本T II富士4.3km3都平 健二24/253位 (1"45"44)総合3位・クラス1位
*710.10"69日本グランプリレースTSIV富士 6km39寺西 孝利20/201位 (2"10"08)  
810.19富士ツーリストトロフィーレースTTIV富士 6km5篠原/長村133/133   
*911.3 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km17都平 健二23/232位 (2"33"4) 
10富士スピードフェスティバルセダンIII富士 6km60千代間 由親16/16  
1112.14富士100kmロードレース TSII富士4.3km56長村 瑞臣23/23 総合5位・クラス1位
*12"70.1.15富士フレッシュマンレース第1戦 MAXITS富士4.3km11久保田 洋史12/122位 (1"43"52)総合2位・クラス1位
*131.18全日本鈴鹿300kmレース全日本IIT鈴鹿 6km16高橋 国光32/355位 (2"40"5)総合3位・クラス1位
*143.8 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km79高橋 国光24/251位 (2"38"3)総合4位・クラス1位
153.15富士フレッシュマンレース第2戦MAXI TS富士4.3km39久保田 洋史12/121位 (1"40"83)  
*163.22第13回全日本ストッカーレース全日本T II富士4.3km18高橋 国光25/251位 (1"38"99)  
174.5 全日本鈴鹿500kmレース TII鈴鹿 6km51箕輪 真治78/845位 (2"40"3)総合5位・クラス1位
*184.12レース・ド・ニッポン6時間 TSIII富士 6km5黒沢/砂子157/1591位 (2"28"22)総合2位・クラス1位
*195.3 "70JAFグランプリレースTIV富士 6km58黒沢 元治20/201位 (2"07"47)  
205.17富士フレッシュマンレース第3戦 MAXITS富士4.3km15塩谷 俊介12/121位 (1"53"43)総合2位・クラス1位
215.24全日本鈴鹿1000kmレース TII鈴鹿 6km45久保田/箕輪166/16721位(2"41"3)総合2位・クラス1位
*226.7 全日本富士300マイルレース100マイルBIII富士 6km11長谷見 昌弘25/251位 (2"10"26) 
*236.28第12回全日本クラブマンレースIITSIV筑波 2km45星野 一義40/403位 (1"09"32) 2ヒート制(2位/1位)
*247.5 北海道スピードウェイオープニングレース スポーツマンTS北海道2.610須田 祐弘56/604位 (1"12"16)総合4位・クラス1位
*257.12全日本ドライバー選手権・第4戦 TII 筑波 2km18高橋 国光50/501位 (1"07"51)  
267.19ニッサン・サンデーレース2III富士4.3km5久保田 洋史25/253位 (1"44"35) 総合3位・クラス1位
*277.26全日本富士1000kmレース TSIII富士4.3km54砂子/長谷見20/204位 (1"39"30)総合2位・クラス1位
*288.23全日本鈴鹿12時間レース TII鈴鹿 6km25高橋/都平20/201位 (2"14"42) 
29富士フレッシュマンレース第4戦MAXITS富士4.3km39久保田 洋史12/125位 (1"43"49) 
309.6 富士インターナショナル200マイル100マイルB III富士 6km18杉崎 直司25/251位 (2"10"41)  
319.27富士フレッシュマンレース第5戦MAXI TS富士4.3km8久保田 洋史12/12 総合3位・クラス1位
3210.10日本オールスターレースシルバーBII富士 6km22杉崎 直司25/255位 (2"11"68)  
*3311.3 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km69高橋 国光24/241位 (2"28"7) 
*34富士ツーリストトロフィーレース IV富士 6km2北野/長谷見133/133  
3511.15富士フレッシュマンレース第7戦MAXITS富士4.3km40久保田 洋史12/12  
*36"71.1.10全日本鈴鹿300kmレース全日本IITS鈴鹿 6km2長谷見 昌弘50/506位 (2"30"7)総合2位・クラス1位
*373.7 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km65黒沢 元治24/253位 (2"26"6)総合5位、H/Tデビュー
*383.21ストッカー富士300kmレース全日本T 富士4.3km17長谷見 昌弘25/251位 (1"35"15)H/T
*394.11レース・ド・ニッポン6時間TSIII富士 6km5歳森/星野158/164 3位 (2"03"34)総合3位、H/T
404.25富士GC・300kmスピードレースTc-BII富士 6km8久保田 洋史25/251位 (1"07"30)H/T
*415.3 "71日本グランプリレースT・b 富士 6km6高橋 国光15/151位 (2"02"25)H/T
425.16富士フレッシュマンレース第3戦 MAXI II富士4.3km9正谷 栄邦12/121位 (1"39"61)H/T
435.23ニッサン・オールスターレースIスカイライン 富士 6km34河原 伸光20/204位 (2"12"07)H/T
*446.6 富士GC・300マイルレースTc-BII富士 6km17黒沢 元治15/151位 (2"04"49)H/T
*457.18ストッカー筑波100kmレース全日本IIT 筑波 2km5長谷見 昌弘70/702位 ( 50"16) H/T
46ニッサン・オールスターレースIIF&S 富士 6km33久保田 洋史20/206位 (2"09"48) H/T
*478.22鈴鹿グレート20ドライバーズレース TS鈴鹿 6km29黒沢 元治19/2013位(2"27"8)総合7位、H/T
489.5 富士GC・インター200マイルレースTc-BII富士 6km2久保田 洋史25/255位 (2"06"95) H/T
*4910.10富士GC・マスターズ250kmレースTc-BII富士 6km3黒沢 元治20/202位 (2"01"92)H/T
*50"72.3.20富士GC・300kmスピードレーススーパーT C 富士 6km15高橋 国光12/121位 (2"00"41) H/T
*ワークスチーム

【レース】不滅の金字塔ーGT-Rの“50勝”

不滅の金字塔ーGT-Rの“50勝”

「スカイラインの敵はスカイライン」とまで言わせしめたGT-R。2年10ヵ月で50勝をあげた偉業は日本レース史に燦然と輝く金字塔です。
最初の1勝目は、昭和44年5月3日の「"69JAF GP」のTS-bレース(富士)。この時は4ドアモデルでした。7勝目をあげた同年10月の「"69日本GP」からはフューエルインジェクション仕様となり、最高出力は230ps/8,400rpmに引き上げられ戦闘力がさらにアップしました。
ハードトップGT-Rが戦列に加わったのは、2年後の「全日本鈴鹿」("71年3月)から。注目の連勝記録は49(ワークスの連勝は29)でストップしましたが、すぐ次のレースで50勝が達成されました。
記念すべき50勝目は、昭和47年(1972)3月20日の「富士GCシリーズ第1戦・富士300kmスピードレース」。激しい雨と風で20周から12周にレースが短縮される中、カーナンバー15を付けた高橋国光選手のGT-Rが水しぶきを上げながら栄光のチェッカーフラッグの下を駆け抜けました。


K3887-51
50勝目を挙げたのは高橋国光選手

【レース】第2回日本GPとスカイラインGT

第2回日本GPとスカイラインGT

昭和38年(1963)、鈴鹿サーキットで開かれたわが国初の近代レース、「第1回日本グランプリ」でプリンスは思わぬ苦汁を舐めました。「メーカーによるサポート活動を自粛しよう」という申し合わせを正直に守ったプリンスは、裏をかいて積極的なユーザー支援を展開した他メーカーの前に散々な成績しか残せませんでした。
販売会社からの声もあり、プリンスでは翌年の「第2回日本GP」に向けた新モデルの開発に全社をあげて取り組み、レースの2日前の5月1日にスカイラインGT(S54型)を発売しました。このモデルは1500のノーズを伸ばしてグロリアの6気筒1,988cc(オプションのウェーバー3連キャブ付)を搭載したもので、GTの公認に必要な100台を徹夜で生産して間に合わせたものでした。
結果は2〜6位。急遽出場してきたポルシェ904に優勝をさらわれ、再び屈辱を味わうこととなりましたが、ポルシェを相手に善戦したスカイラインGTの話はたちまち全国に広まり、“スカイライン神話”を誕生させました。



第2回日本GP出場のスカイラインの運転席

【企業】プリンス自動車工業小史

プリンス自動車工業小史

昭和41年に日産自動車と合併したプリンス自動車工業の前身は、第2次大戦中の傑作エンジン「栄」(零戦・隼)や「誉」(紫電改)を生んだ中島飛行機と、周回長距離世界記録を持つ長距離偵察機を生んだ立川飛行機です。
敗戦を機に富士産業と名を変えて平和産業への転換をめざした中島飛行機でしたが、GHQの命令(財閥解体)で12の会社に分割されてしまいます。その中の1社、富士精密工業はディーゼルエンジンからミシン、映写機までを手がける幅広い事業を展開する会社でした。そして、昭和26年に完成させたガソリンエンジン(1,500cc・45馬力)が翌年発売された「プリンス」に搭載されて高い評価を得ました。
一方、立川飛行機は電気自動車「たま」の開発でその名を高めますが、石油の輸入緩和で電気自動車の需要が減少したため、ガソリン車への転向をはかります。そして、社名を東京電気自動車→たま電気自動車→たま自動車→プリンス自動車工業と変えた後、昭和29年にエンジンの供給元だった富士精密工業と合併しました。
合併で自動車メーカーとしての体制を整えた富士精密工業は、社名とブランド名の一致をはかるため、昭和36年に再びプリンス自動車工業と改称。その後、スカイライン、グロリアなどの傑作車を次々と生み出すとともに、レースの世界でも圧倒的な強さを発揮しました。



東京上野の科学博物館に展示されているラムダ4Sロケット。科学衛星「おおすみ」の打ち上げなどに使われたロケットで、日産自動車が製造を担当。航空機メーカーの血を引くプリンスは、その高い技術力を活かし、昭和28年から固体ロケットの分野で活躍してきました

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