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【レース】NISMO・FESTIVAL

NISMO・FESTIVAL

レース活動を応援してくださったファンに感謝するため、NISMOが毎年秋に富士スピードウエイで開催している「NISMO・FESTIVAL」では、現役ワークスカーに往年の名車も加わっての「模擬レース」が大変好評です。ここに登場するかつてのワークスカーは、日産自動車に保存されている「記念車」です。
日産の「記念車」にはレースやラリーで優勝した車両も多く含まれていますが、こうした車両の整備はNISMOを中心に行われており、グループCカーなども動態保存されています。
2001年のNISMO・FESTIVALでは、長谷見昌弘選手の引退セレモニーにスカイライン・スーパーシルエット(R30)が、また2002年には星野一義選手の引退セレモニーに、シルビア・スーパーシルエット(S110)、チェリークーペ(KPE10)が一役買うなどして、ファンの目を楽しませました。



"01NISMO・FESTIVALでは、長谷見選手の引退セレモニーに記念車が一役買いました

【レース】日産グループCカーの歴史

日産グループCカーの歴史

80年代半ばになると、グループCカー(プロトタイプカー)で世界選手権が戦われるようになり、日本でもスーパーシルエット(グループ5)に代わるレースとして盛んになりました。
日産は、有力チームへの技術支援という形でこのカテゴリーに参加するようになり、スーパーシルエットで培ったターボマシンの技術をベースにCカーの開発に着手しました。最初のCカーは国産シャシーのLM03Cがベースでスカイライン(長谷見)、シルビア(星野)、フェアレディ(柳田)が参戦。その後、シャシーが英国マーチ製となりWECジャパン"85でシルビアが初優勝。"86年にはルマンにも初挑戦しました。シャシーがローラ製となった89年からは世界選手権にも参戦し、最高3位の成績を残しました。"90年にはシャシーを含めてすべてが日産設計となり、国内選手権で3連覇("90〜"92年)を達成しました。



ニッサン フェアレディZ・ターボC。初期("83年)は、国産のルマンLM03CにLZ20Bターボを搭載

【レース】日本グランプリの歴史

日本グランプリの歴史

「日本グランプリ」というと、現在では、F1(フォーミュラ・ワン)の「日本グランプリ」を指しますが、1963年から1969年まで、日本で最も権威のあるレースとしてこの名前が使われた時代がありました(7年間・計6回)。
第1回大会は1963年5月3日、完成したばかりの鈴鹿サーキットで行われましたが、メインレースは外国製スポーツカーやレーシングカーの一人舞台でした。以降、日本グランプリは毎年5月3日に開催され(1966年は非開催)、1969年からは5月3日のJAFグランプリと10月10日の日本グランプリの2本立てとなりました。
日産は、"66年R380-?、"68年R381、"69年にR382で優勝を飾りました。しかし、1970年大会は日産・トヨタが安全公害対策に専念するとして不参加を表明したことが遠因となり中止となり、1969年大会が最後となりました。なお、レースの正式名称は、第5回に当たる1968年大会から年号を冠して呼ばれるように変更されました。


K3084-28
R382のGRX-3エンジンは最高出力700ps以上

K2652-143
"68年日本GP優勝のニッサンR381(北野元)

K3111-193  "69年優勝のニッサンR382(黒沢元治)

【レース】チェリーとレース

チェリーとレース

チェリー(E10)はFF車の利点を活かし、雨のレースでは圧倒的な強さを発揮しました。大きな水しぶきをあげながら富士のバンクに突っ込んでいくチェリーの雄姿はファンを沸かせました。
レース車両の開発は、第2特殊車両実験課(村山、エンジンは荻窪)が担当、発売翌月の"70年11月には早くも富士でテストが実施されました。デビューレースは"71年10月の富士GC・第5戦「マスターズ250kmレース」。このときはまだ2ドアX-1でしたが、雨の中で見事なワンツーフィニッシュ(11黒沢10都平)を決めています。
エンジンはA12(1,171cc)をボアアップして1,298ccとしたもので、1次仕様(SOLEX  40PHH)で100ps/8,000rpm、2次仕様(ルーカス燃料噴射)で150ps/8,500rpm、3次仕様(クロスフロー・ダブルイグニッション)では、OHVながら160ps/8,800rpmのハイパワーを絞り出していました。


K3756-66
デビューレースの「富士マスターズ250km」("71年10月)でデビュー優勝を飾った2ドアX-1

K3929-2
ルーカス燃料噴射仕様は、150ps/8,500rpm

【レース】ル・マン24時間レースにおける日産車の成績

ル・マン24時間レースにおける日産車の成績

1986年:第54回ル・マン24時間レース(5月31日〜6月1日) 出走50台/完走19台
16位(予選33位)32ニッサンR85Vアマダ長谷見昌弘/J・ウィーバー/和田孝夫284周
(予選24位)23ニッサンR86Vカルソニック星野一義/鈴木亜久里/松本恵二64周
1987年:第55回ル・マン24時間レース(6月13日〜14日) 出走48台/完走12台
(予選17位)23ニッサンR87E星野一義/高橋健二/松本恵二81周
(予選20位)32ニッサンR87E長谷見昌弘/和田孝夫/鈴木亜久里117周
1988年:第56回ル・マン24時間レース(6月11日〜12日)出走49台/完走25台
14位(予選23位)32ニッサンR88CA・グライス/M・ワイルド/W・パーシー344周
(予選15位)23ニッサンR88C星野一義/和田孝夫/鈴木亜久里286周
(予選19位)86ニッサンR88VA・オロフソン/L・レオーニ/森本晃生74周
(予選25位)85ニッサンR88VD・オンガイズ/M・トローレ/鈴木利男74周
1989年:第57回ル・マン24時間レース(6月10〜11日)出走55台/完走19台
(予選12位)24ニッサンR89CJ・ベイリー/M・ドネリー/M・ブランデル259周
(予選39位)32ニッサンR88V和田孝夫/森本晃生/A・オロフソン221周
(予選19位)23ニッサンR89C長谷見昌弘/星野一義/鈴木利男167周
(予選15位)25ニッサンR89CG・ブラバム/C・ロビンソン/A・ルエンダイク57周
1990年:第58回ル・マン24時間レース(6月16〜17日)出走49台/完走28台
5位(予選3位)23カルソニック・ニッサンR90CP長谷見昌弘/星野一義/鈴木利男(ニスモ)348周
17位(予選25位)84ユニシア・ニッサンR90CKB・アール/M・ロー/S・ミレン(NPTI)311周
22位(予選29位)82クラージュ・ニッサンR90VH・グルー/A・クディーニ/C・ロス300周
(予選4位)83ユニシア・ニッサンR90CKG・ブラバム/C・ロビンソン/D・デイリー(NPTI)251周
(予選24位)85ティノラス・ニッサンR90V和田孝夫/A・オロフソン/M・S・サラ(チーム・ルマン)182周
(予選1位)24YHPニッサンR90CKJ・ベイリー/M・ブランデル/G・ブランカテリ (NME)142周
(予選5位)25JECSニッサンR90CKK・アチソン/O・グルイヤール/M・ドネリー(NME)0周
1995年:第63回ル・マン24時間レース(6月17〜18日)出走47台/完走23台
10位(予選34位)22ニスモGT-R LM(R33)福山英朗/近藤真彦/粕谷俊二271周
(予選27位)23ニスモGT-R LM(R33)星野一義/鈴木利男/影山正彦157周
1996年:第64回ル・マン24時間レース(6月15〜16日)出走48台/完走25台
15位(予選29位)23ニスモGT-R LM(R33)長谷見昌弘/星野一義/鈴木利男307周
(予選35位)22ニスモGT-R LM(R33)鈴木亜久里/影山正彦/近藤真彦29周
1997年:第65回ル・マン24時間レース(6月14〜15日)出走48台/完走17台
12位(予選14位)23ニッサンR390 GT1星野一義/E・コマス/影山正彦294周
(予選7位)21ニッサンR390 GT1M・ブランドル/J・ミューラー/W・テーラー139周
(予選3位)22ニッサンR390 GT1E・ヴァン・デ・ポール/R・パトレーゼ/鈴木亜久里121周
1998年:第66回ル・マン24時間レース(6月6〜7日)出走47台/完走23台
3位(予選16位)32ニッサンR390 GT1星野一義/鈴木亜久里/影山正彦347周
5位(予選10位)30ニッサンR390 GT1J・ニールセン/F・ラゴルス/M・クルム342周
6位(予選13位)31ニッサンR390 GT1E・コマス/J・ラマース/A・モンテルミーニ342周
10位(予選19位)33ニッサンR390 GT1黒沢琢弥/影山正美/本山哲319周
(予選16位)13クラージュC51・ニッサンD・コタッツ/J-P・ペロック/M・グーセン232周
(予選15位)14クラージュC51・ニッサンF・エクブロム/P・ゲイ/土屋武士129周
1999年:第67回ル・マン24時間レース(6月12〜13日)出走48台/完走22台
8位(予選16位)21クラージュC52・ニッサンD・コタッツ/M・グーセン/F・エクブロム335周
(予選12位)22ニッサンR391E・コマス/本山哲/M・クルム110周
(予選28位)23ニッサンR391E・ヴァン・デ・ポール/鈴木亜久里/影山正彦(出走できず)

【レース】1990年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権シリーズ

国内選手権における日産グループCカーの成績:1990〜1992年

1990年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権シリーズ

第1戦・JAF-GP 全日本富士1000kmレース(3月10〜11日) 出走18台/完走14台
2位24YHP ニッサンR90CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン112周
4位23カルソニックニッサンR90CP星野一義/鈴木利男112周
12位85CABIN R90V NISSAN和田孝夫/中子修101周
第2戦・J全日本富士 500kmレース(3月10〜11日)‥‥‥‥濃霧のため中止
第3戦・全日本富士 500マイルレース(7月21〜22日)出走15台/完走9台
優 勝24YHP ニッサンR90CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン179周
3位23カルソニックニッサンR90CP星野一義/鈴木利男176周
6位85CABIN R90V NISSAN和田孝夫/中子修167周
第4戦・インターナショナル鈴鹿 500kmレース(7月21〜22日)出走15台/完走9台
優 勝23カルソニックニッサンR90CP星野一義/鈴木利男171周
7位24YHP ニッサンR90CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン168周
85CABIN R90V NISSAN和田孝夫/中子修/ M・S ・サラ14周
第5戦・SUGOインターナショナル 500kmレース(9月15〜16日)出走17台/完走13台
優勝24YHP ニッサンR90CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン135周
4位23カルソニックニッサンR90CP星野一義/鈴木利男135周
12位85CABIN R90V NISSAN和田孝夫/中子修125周
第6戦・全日本富士1000kmレース(10月6〜7日)出走19台/完走8台
2位23カルソニックニッサンR90CP星野一義/鈴木利男224周
5位24YHP ニッサンR90CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン214周
85CABIN R90V NISSAN和田孝夫/中子修97周
1990年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権・メーカー部門シリーズポイント
順位   メーカー   (1)富士(2)富士(3)富士(4)鈴鹿(5)菅生(6)富士   合計   
1
2
3
4
5
ニッサン
ポルシェ
トヨタ
マツダ
スパイスフォード
15
12
20
2



20
15
4
3
0
20
15
12
1
0
20
15
8
0
1
15
12
20
6
90
69
64
12
1
ポイント:1位=20、 2位=15、 3位=12、 4位=10、 5位=8、 6位=6、 7位=4、 8位=3、 9位=2、 10位=1


1991年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権シリーズ

第1戦・全日本富士 500kmレース(3月9〜10日)出走15台/完走13台
優 勝23カルソニックニッサンR91CP星野一義/鈴木利男112周
2位27フロム・エー R91CKニッサン中谷明彦/フォルカー・バイドラー112周
4位25伊太利屋R91VP和田孝夫/岡田秀樹111周
9位1YHP ニッサンR90CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン110周
第2戦・全日本富士1000kmレース(5月3〜4日)出走15台/完走10台
優勝23カルソニックニッサンR91CP星野一義/鈴木利男224周
2位1YHP ニッサンR91CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン224周
27フロム・エー R91CKニッサン中谷明彦/V・バイドラー/T・ダニエルソン103周
25伊太利屋スポーツR91VPニッサン和田孝夫/岡田秀樹81周
第3戦・全日本富士 500マイルレース(7月20〜21日)出走13台/完走8台
2位23カルソニックニッサンR91CP星野一義/鈴木利男179周
6位27フロム・エー R91CKニッサン中谷明彦/フォルカー・バイドラー173周
1YHP ニッサンR91CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン105周
25伊太利屋ニッサンR91VP和田孝夫/岡田秀樹11周
第4戦・インターナショナル鈴鹿1000kmレース(8月24〜25日)出走12台/完走7台
2位27フロム・エー R91CKニッサン中谷明彦/フォルカー・バイドラー171周
3位1YHP ニッサンR91CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン167周
23カルソニックニッサンR91CP星野一義/鈴木利男162周
25伊太利屋ニッサンR91VP和田孝夫/岡田秀樹/影山正彦68周
第5戦・SUGOインターナショナル 500kmレース(9月14〜15日)出走13台/完走11台
2位27フロム・エー R91CKニッサン中谷明彦/フォルカー・バイドラー135周
3位1YHP ニッサンR91CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン135周
5位25伊太利屋ニッサンR91VP岡田秀樹/影山正彦132周
11位23カルソニックニッサンR91CP星野一義/鈴木利男119周
第6戦・インターチャレンジ富士1000kmレース (10月5〜6日)出走12台/完走7台
優勝23カルソニックニッサンR91CP星野一義/鈴木利男165周
27フロム・エー R91CKニッサン中谷明彦/V・バイドラー 79周
1YHP ニッサンR91CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン 74周
25伊太利屋ニッサンR91VP岡田秀樹/影山正彦63周
第7戦・SUGOインターナショナル 500マイルレース (11月 2〜3 日)出走12台/完走7台
3位23カルソニックニッサンR91CP星野一義/鈴木利男211周
4位1YHP ニッサンR91CP長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン211周
10位27フロム・エー R91CKニッサン中谷明彦/フォルカー・バイドラー189周
25伊太利屋ニッサンR91VP岡田秀樹/影山正彦68周
1991年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権・メーカー部門シリーズポイント
順位   メーカー   (1)富士(2)富士(3)富士(4)鈴鹿(5)菅生(6)富士(7)菅生   合計   
1
2
3
4
5
6
ニッサン
トヨタ
ポルシェ
マツダ
ジャガー
スパイス
20
12
8
0

20
12
10
6

0
15
20
8
10

4
15
20
8
6

15
20
10
2
6
3
20
15
8
12
4
0
12
15
4
6
20
117
114
56
42
30
7
ポイント:1位=20、 2位=15、 3位=12、 4位=10、 5位=8、 6位=6、 7位=4、 8位=3、 9位=2、 10位=1


1992年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権シリーズ

第1戦・インターナショナル鈴鹿 500kmレース(4月18〜19日)出走9台/完走9台
優勝24YHP ニッサンR92CP長谷見昌弘/ジェフ・クロスノフ/影山正彦86周
2位27フロム・エー R91CKニッサンV・バイドラー/マウロ・マルティーニ/金石勝智86周
6位61コクヨテイクワン・ニッサン岡田秀樹/トーマス・ダニエルソン 84周
9位1カルソニックニッサンR92CP星野一義/鈴木利男69周
第2戦・全日本富士1000kmレース大会(5月3〜4日)出走10台/完走 6台
優勝1カルソニックニッサンR92CP星野一義/鈴木利男224周
2位61コクヨテイクワン・ニッサン岡田秀樹/トーマス・ダニエルソン224周
3位27フロム・エー R91CKニッサンV・バイドラー/M・マルティーニ/金石勝智223周
4位24YHP ニッサン R92CP長谷見昌弘/ジェフ・クロスノフ/影山正彦209周
第3戦・全日本富士 500マイルレース大会(7月25〜26日)出走9台/完走9台
優勝1カルソニックニッサンR92CP星野一義/鈴木利男179周
3位27フロム・エー R91CKニッサンV・バイドラー/M・マルティーニ/金石勝智178周
5位24YHP ニッサンR92CP長谷見昌弘/ジェフ・クロスノフ/影山正彦177周
7位61コクヨテイクワン・ニッサン岡田秀樹/トーマス・ダニエルソン175周
第4戦・ SUGO インターナショナル 500kmレース(9月12〜13日)出走9台/完走6台
優勝1カルソニックニッサンR92CP星野一義/鈴木利男135周
4位24YHP ニッサン R92CP長谷見昌弘/影山正彦134周
6位27フロム・エー R91CKニッサンM・マルティーニ/金石勝智129周
61コクヨテイクワン・ニッサン岡田秀樹/トーマス・ダニエルソン45周
第5戦・全日本富士1000kmレース大会(10月3〜4日)出走9台/完走8台
<LD2クラス>
優勝1カルソニックニッサンR92CP星野一義/鈴木利男223周
4位24YHP ニッサンR92CP長谷見昌弘/影山正彦218周
5位61コクヨテイクワン・ニッサン岡田秀樹/トーマス・ダニエルソン218周
27フロム・エー R91CKニッサンM・マルティーニ/金石勝智/H・H・フレンッェン9周
第6戦・インターチャレンジカップ in MINE(10月30〜11月1日)出走11台/完走10台
<C1クラス>
優勝1カルソニックニッサンR92CP星野一義/和田孝夫155周
2位27フロム・エー R91CKニッサンマウロ・マルティーニ/ハインツ・H・フレンッェン155周
4位24YHP ニッサンR92CP長谷見昌弘/影山正彦152周
61コクヨテイクワン・ニッサン岡田秀樹/トーマス・ダニエルソン39周
<Cクラス>
4位NISSAN NP35鈴木利男/ジェフ・クロスノフ130周
1992年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権・メーカー部門シリーズポイント
順位   メーカー   (1)富士(2)富士(3)富士(4)鈴鹿(5)菅生(6)富士   合計   
1
2
3
ニッサン
トヨタ
マツダ
20
12
4
20
8
6
20
15
3
20
15
20
15
6
20
12
120
77
19
ポイント:1位=20、 2位=15、 3位=12、 4位=10、 5位=8、 6位=6、 7位=4、 8位=3、 9位=2、 10位=1

   日産は"90〜"92年JSPC(全日本スポーツプロトタイプカー選手権)で3連覇を達成

【レース】第1回日本GPとフェアレディ

第1回日本GPとフェアレディ

昭和38年(1963)5月、完成したばかりの鈴鹿サーキットで「第1回日本グランプリレース」が開催されました。埋め尽くした観衆は約20万人。なにしろ初のビッグイベントに鈴鹿は異様な雰囲気に包まれていました。
そんな中、スポーツカーレースB-II(1,301〜2,500cc)に出場したのがフェアレディ1500(SP310型)。ドライバーは田原源一郎選手でした。公式予選を3位で通過した田原選手は、決勝でスタートダッシュに成功して先頭に立ち、そのままトップでゴールイン。「外国車勢が絶対に有利」と思われたこのクラスで、フェアレディ1500はトライアンフTR4、MG-B、フィアット、ポルシェなど欧州名門スポーツカーの追撃を振り切り、しかもベストラップ(3分14秒4)までマークするというパーフェクトな勝利を飾ったのでした。この日の勝利は日産にとって記念すべき勝利でしたが、同時に日本の自動車界にとっても輝かしい記録でした。それまで仰ぎ見ていた自動車先進国のスポーツカーを実力勝負の場で打ち負かしたからです。



第1回日本GPでコースインを待つ田原選手のファレディ1500。G型エンジンはSUツインキャブ(北米仕様)の装着で標準の71psから80psにアップ

【レース】ニスモのル・マン24時間レース挑戦

ニスモのル・マン24時間レース挑戦

日産のル・マン初挑戦は1986年。この時のマシンはニッサンR86Vと85Vでした。その後、1990年まで5年間続けられましたが、車両規則が変更されたことなどから中断しました。
1995年、国内の熱心な日産ファンの支援を受け、ニスモが日産ワークスに代わってル・マンに挑戦することとなりました。マシンはスカイラインGT-R(R33)ベースのGTカー、ハンディのあるこのマシンで、95年総合10位・クラス5位、96年総合15位・クラス10位の成績を残しました。しかし、ル・マンでは市販車ベースのマシンで優勝することは困難なため、再び日産が本格的なGTカーを開発して挑むことになりました。こうして誕生したのがR390 GT1。初出場の1997年は、総合12位・クラス5位でしたが、1998年は総合3・5・6・10位とワークスチームの4台がすべて総合10位以内に入り高い評価を受けました。



クラブ・ルマンの会員も正式スタッフとして選ばれて参加しました(1995年)

【レース】GT-R、全日本選手権を全勝で終える

GT-R、全日本選手権を全勝で終える

1966年にスタートした全日本選手権の中で、今日まで一貫して高い人気を誇っているツーリングカー選手権。そのツーリングカー選手権でスカイラインGT-Rは、初代・2代目とも輝かしい成績を残しています。
3代目GT-R(R32)のデビューレースは、1990年3月の全日本選手権・開幕戦「全日本ツーリングカー300kmレース」(西日本サーキット)。このレースでは星野一義/鈴木利男組(カルソニック)が優勝しましたが、長谷見昌弘(リーボック)、高橋国光(タイサン)、鈴木利男(共石)といったトップドライバーがGT-Rでシリーズ参戦してレースを盛り上げました。当時の全日本ツーリングカー選手権の車両カテゴリーは「グループA」でしたが、R32・GT-Rは"90〜"93年の4シーズン全29戦を無敗で戦い抜き、"93年で最後となったグループAによる選手権レースの歴史に華を添えました("94年からスーパーツーリングカーに移行)。



「スカイライン対スカイラインの戦い」にサーキットが沸いたグループAによる全日本ツーリングカー選手権

【レース】スカイラインGT-R“栄光の50勝”の足跡

スカイラインGT-R“栄光の50勝”の足跡

 年月日大 会 名レース名クラスサーキットNo優勝ドライバー周回数予選順位(タイム)備 考
*1"69.5.3"69JAFグランプリレースTSIV富士 6km39篠原 孝道30/308位 (2"15"58) 
*26.29富士300kmゴールデンIIレースセダンIII富士 6km 51黒沢 元治20/201位 (2"12"84)  
*38.10NETスピードカップレースTSII富士 6km20都平 健二20/201位 (2"14"42)  
48.24ニッサン・サンデーレースTIV富士 6km27千代間 由親20/20  
58.31富士300kmゴールデンIIIレースセダンIII富士 6km64長村 瑞臣20/20   
*69.21第12回全日本ストッカーレース全日本T II富士4.3km3都平 健二24/253位 (1"45"44)総合3位・クラス1位
*710.10"69日本グランプリレースTSIV富士 6km39寺西 孝利20/201位 (2"10"08)  
810.19富士ツーリストトロフィーレースTTIV富士 6km5篠原/長村133/133   
*911.3 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km17都平 健二23/232位 (2"33"4) 
10富士スピードフェスティバルセダンIII富士 6km60千代間 由親16/16  
1112.14富士100kmロードレース TSII富士4.3km56長村 瑞臣23/23 総合5位・クラス1位
*12"70.1.15富士フレッシュマンレース第1戦 MAXITS富士4.3km11久保田 洋史12/122位 (1"43"52)総合2位・クラス1位
*131.18全日本鈴鹿300kmレース全日本IIT鈴鹿 6km16高橋 国光32/355位 (2"40"5)総合3位・クラス1位
*143.8 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km79高橋 国光24/251位 (2"38"3)総合4位・クラス1位
153.15富士フレッシュマンレース第2戦MAXI TS富士4.3km39久保田 洋史12/121位 (1"40"83)  
*163.22第13回全日本ストッカーレース全日本T II富士4.3km18高橋 国光25/251位 (1"38"99)  
174.5 全日本鈴鹿500kmレース TII鈴鹿 6km51箕輪 真治78/845位 (2"40"3)総合5位・クラス1位
*184.12レース・ド・ニッポン6時間 TSIII富士 6km5黒沢/砂子157/1591位 (2"28"22)総合2位・クラス1位
*195.3 "70JAFグランプリレースTIV富士 6km58黒沢 元治20/201位 (2"07"47)  
205.17富士フレッシュマンレース第3戦 MAXITS富士4.3km15塩谷 俊介12/121位 (1"53"43)総合2位・クラス1位
215.24全日本鈴鹿1000kmレース TII鈴鹿 6km45久保田/箕輪166/16721位(2"41"3)総合2位・クラス1位
*226.7 全日本富士300マイルレース100マイルBIII富士 6km11長谷見 昌弘25/251位 (2"10"26) 
*236.28第12回全日本クラブマンレースIITSIV筑波 2km45星野 一義40/403位 (1"09"32) 2ヒート制(2位/1位)
*247.5 北海道スピードウェイオープニングレース スポーツマンTS北海道2.610須田 祐弘56/604位 (1"12"16)総合4位・クラス1位
*257.12全日本ドライバー選手権・第4戦 TII 筑波 2km18高橋 国光50/501位 (1"07"51)  
267.19ニッサン・サンデーレース2III富士4.3km5久保田 洋史25/253位 (1"44"35) 総合3位・クラス1位
*277.26全日本富士1000kmレース TSIII富士4.3km54砂子/長谷見20/204位 (1"39"30)総合2位・クラス1位
*288.23全日本鈴鹿12時間レース TII鈴鹿 6km25高橋/都平20/201位 (2"14"42) 
29富士フレッシュマンレース第4戦MAXITS富士4.3km39久保田 洋史12/125位 (1"43"49) 
309.6 富士インターナショナル200マイル100マイルB III富士 6km18杉崎 直司25/251位 (2"10"41)  
319.27富士フレッシュマンレース第5戦MAXI TS富士4.3km8久保田 洋史12/12 総合3位・クラス1位
3210.10日本オールスターレースシルバーBII富士 6km22杉崎 直司25/255位 (2"11"68)  
*3311.3 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km69高橋 国光24/241位 (2"28"7) 
*34富士ツーリストトロフィーレース IV富士 6km2北野/長谷見133/133  
3511.15富士フレッシュマンレース第7戦MAXITS富士4.3km40久保田 洋史12/12  
*36"71.1.10全日本鈴鹿300kmレース全日本IITS鈴鹿 6km2長谷見 昌弘50/506位 (2"30"7)総合2位・クラス1位
*373.7 全日本鈴鹿自動車レース全日本IIT鈴鹿 6km65黒沢 元治24/253位 (2"26"6)総合5位、H/Tデビュー
*383.21ストッカー富士300kmレース全日本T 富士4.3km17長谷見 昌弘25/251位 (1"35"15)H/T
*394.11レース・ド・ニッポン6時間TSIII富士 6km5歳森/星野158/164 3位 (2"03"34)総合3位、H/T
404.25富士GC・300kmスピードレースTc-BII富士 6km8久保田 洋史25/251位 (1"07"30)H/T
*415.3 "71日本グランプリレースT・b 富士 6km6高橋 国光15/151位 (2"02"25)H/T
425.16富士フレッシュマンレース第3戦 MAXI II富士4.3km9正谷 栄邦12/121位 (1"39"61)H/T
435.23ニッサン・オールスターレースIスカイライン 富士 6km34河原 伸光20/204位 (2"12"07)H/T
*446.6 富士GC・300マイルレースTc-BII富士 6km17黒沢 元治15/151位 (2"04"49)H/T
*457.18ストッカー筑波100kmレース全日本IIT 筑波 2km5長谷見 昌弘70/702位 ( 50"16) H/T
46ニッサン・オールスターレースIIF&S 富士 6km33久保田 洋史20/206位 (2"09"48) H/T
*478.22鈴鹿グレート20ドライバーズレース TS鈴鹿 6km29黒沢 元治19/2013位(2"27"8)総合7位、H/T
489.5 富士GC・インター200マイルレースTc-BII富士 6km2久保田 洋史25/255位 (2"06"95) H/T
*4910.10富士GC・マスターズ250kmレースTc-BII富士 6km3黒沢 元治20/202位 (2"01"92)H/T
*50"72.3.20富士GC・300kmスピードレーススーパーT C 富士 6km15高橋 国光12/121位 (2"00"41) H/T
*ワークスチーム

【レース】不滅の金字塔ーGT-Rの“50勝”

不滅の金字塔ーGT-Rの“50勝”

「スカイラインの敵はスカイライン」とまで言わせしめたGT-R。2年10ヵ月で50勝をあげた偉業は日本レース史に燦然と輝く金字塔です。
最初の1勝目は、昭和44年5月3日の「"69JAF GP」のTS-bレース(富士)。この時は4ドアモデルでした。7勝目をあげた同年10月の「"69日本GP」からはフューエルインジェクション仕様となり、最高出力は230ps/8,400rpmに引き上げられ戦闘力がさらにアップしました。
ハードトップGT-Rが戦列に加わったのは、2年後の「全日本鈴鹿」("71年3月)から。注目の連勝記録は49(ワークスの連勝は29)でストップしましたが、すぐ次のレースで50勝が達成されました。
記念すべき50勝目は、昭和47年(1972)3月20日の「富士GCシリーズ第1戦・富士300kmスピードレース」。激しい雨と風で20周から12周にレースが短縮される中、カーナンバー15を付けた高橋国光選手のGT-Rが水しぶきを上げながら栄光のチェッカーフラッグの下を駆け抜けました。


K3887-51
50勝目を挙げたのは高橋国光選手

【レース】第2回日本GPとスカイラインGT

第2回日本GPとスカイラインGT

昭和38年(1963)、鈴鹿サーキットで開かれたわが国初の近代レース、「第1回日本グランプリ」でプリンスは思わぬ苦汁を舐めました。「メーカーによるサポート活動を自粛しよう」という申し合わせを正直に守ったプリンスは、裏をかいて積極的なユーザー支援を展開した他メーカーの前に散々な成績しか残せませんでした。
販売会社からの声もあり、プリンスでは翌年の「第2回日本GP」に向けた新モデルの開発に全社をあげて取り組み、レースの2日前の5月1日にスカイラインGT(S54型)を発売しました。このモデルは1500のノーズを伸ばしてグロリアの6気筒1,988cc(オプションのウェーバー3連キャブ付)を搭載したもので、GTの公認に必要な100台を徹夜で生産して間に合わせたものでした。
結果は2〜6位。急遽出場してきたポルシェ904に優勝をさらわれ、再び屈辱を味わうこととなりましたが、ポルシェを相手に善戦したスカイラインGTの話はたちまち全国に広まり、“スカイライン神話”を誕生させました。



第2回日本GP出場のスカイラインの運転席

【レース】スーパーシルエット・レース

スーパーシルエット・レース

“スーパーシルエット”は、FIAのグループ5に当たるカテゴリーです。改造許容範囲が広く、市販車のシルエットをしているものの中身はフォーミュラと同じという意味で、ヨーロッパでは“シルエット・フォーミュラ”と呼ばれていました。
日本では"79年から"83年まで、富士を中心に本格的にシリーズ戦が組まれ人気を呼びました。最少生産台数の規定もなく、エンジンも生産車のブロックを使用していればあとは自由ということから、ターボ装着で570ps、と当時のF1をもしのぐ大パワーを誇り、その迫力ある外観とあわせて多くの観客を魅了しました。
日産車では、バイオレット(710/A10)、ブルーバード(910)、シルビア(S110)、スカイライン(R30)が参加。柳田春人選手が"80年にA10で"82年に910でチャンピオンに輝いています。


スーパーシルエット(シルビア)のフロントまわり

【レース】全日本選手権・JTCCレース

全日本選手権・JTCCレース

"94年から、全日本ツーリングカー選手権(JTCC)は、それまでの「グループA」に代わって「ニューツーリングカー」で戦われることになりました。
後に“スーパーツーリング”と呼ばれたこのカテゴリーは、当時ヨーロッパで盛んだった4ドアセダンのレースで、エンジンは2L NAのみ(同じメーカーのエンジンなら乗せ換え可)、エンジンの最高回転は8,500rpmまで、車両最低重量はFF車950kg、FR車1,050kgと決められていて、イコールコンディションによるスリリングなレース展開が最大の魅力でした。また、1日に2レース行われるのもこのレースの大きな特徴でした。 日産車は、"94〜"97年の4シーズン、ニスモを中心にホシノレーシング、ハセミモータースポーツなどの有力チームから、プリメーラ、サニー、プリメーラ・カミノが出場しました。



JTCCに出場できるのは2,000ccの4ドアセダン

【レース】日産、JSPC初の3連覇達成

日産、JSPC初の3連覇達成

JSPCとは全日本スポーツプロトタイプ耐久選手権の略で、グループCカーによる全日本選手権のことです。このカテゴリーによるレースは、日本では"82年に「耐久シリーズ」の名でスタート、その後のWECジャパン(世界耐久選手権日本大会)の成功もあり大いに盛り上がりました。
当初は、ル・マンの覇者ポルシェが圧倒的な強さを誇っていましたが、次第に国産マシンが力をつけ、"90年にはYHP・ニッサンR90CP(長谷見/オロフソン組)が初の日本車チャンピオンとなり、"91年〜"92年はカルソニック・ニッサン(星野/鈴木組)が制し、日産はメーカー/ドライバー両部門で3連覇の偉業をなし遂げました。とくに全日本選手権最後の年となった"92年は、日産マシンが6戦全勝(ターボ車クラス)を挙げる快勝ぶりで、その信頼性の高さを証明しました。



耐久レースでは燃費のよさも重要な要素でした。このため、テレメトリーシステムが活躍しました

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