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初めてフェアレディという名前を冠して販売されたのは、対米輸出用のSPL212という車でした。その翌年、マイナーチェンジを行い、パワーアップして登場したのがこの車です。
フェアレディの名前の由来は? 当時の日産社長が渡米した際、ブロードウェイでロングヒットをしていたミュージカル「マイ フェア レディ」の人気にあやかりたいとつけました。
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それまで輸出用メインだったフェアレディでしたが、日本国内向けモデルも販売されるようになりました。同時にスポーツカーとしての評価が確立した時期でもあります。
シルビアの母でもあるSP310 1965年に発売されたSP310の骨格をもとに作られたのが、初代シルビアです。
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それまでのオープンボディの「フェアレディ」に代わって、クローズドのクーペボディになって登場した初代フェアレディZ。
北米市場を中心に大ヒットし、9年もの間、長期生産された記念碑的モデルとなりました。
パトカーになった初代フェアレディZ 神奈川県警高速機動隊で、1972年からパトロールについていた240Z-G。総走行距離は約37万kmと大活躍しました。
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大ヒットとなった先代のロングノーズ・ショートデッキスタイルを継承しながら、2代目はややワイドサイズとなって登場。
2000ccと2800ccの2つのL型・直列6気筒エンジンを設定していました。
この型もアメリカで大ヒットとなり、1年足らずで生産台数10万台を突破。1983年には、初代からの累計台数100万台を達成しました。
ドラマでも活躍した「Z」 1980年に国産車初の「Tバールーフ」仕様車を追加。このモデルを改造したのが、当時大人気だったTVドラマ『西部警察』に登場する「スーパーZ」です。
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空力性能を重視して、エクステリアをシェイプアップした3代目が登場。全グレードにV6エンジンを搭載しました(後に再び直列6気筒モデルも設定)。中でもVG30ETは当時大パワーを誇り、欧州向けモデルで最高速度が250km/hに届きました。
外観では、消灯時にもレンズの一部が露出するヘッドランプがポイントになっています。また国内向けモデルでは、ボンネット中央に設けられた大型エアスクープも特徴的です。
パッシングランプをなくしてさらに流麗に 点灯・消灯のたび、上下に動いて開閉する「パラレルライジングヘッドランプ」を採用。大変個性的なデザインでした。
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スタイル、パフォーマンスを始めとして、完璧なスーパースポーツカーを目指した4代目。ロングノーズ&ショートデッキというそれまでの特徴をなくし、スポーツカーらしい姿へ変わりました。
また当時のコマーシャルに使われた「スポーツカーに乗ろうと思う。」というキャッチコピーが話題になりました。
日本国産初の280馬力搭載 発売当時、国産最高の280馬力に達した4代目 フェアレディZ。2004年まで続いた280馬力自主規制は、このZの登場がきっかけとされています。
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2002年7月、2年間の沈黙を経て、Z33型が発売されました。
エンジンは3.5リットルV6NAエンジンを搭載。ボディタイプは2シータークーペのみで、歴代フェアレディZに設定されていた2by2は未設定でした。後にオープンモデルも追加されています。
2by2ってなに? 2人乗りシートのほかに、後部に小さめの2人分シートが設置されたタイプを指します。クーペの2人乗りに対し、こちらは定員が4人でした。








